教えるというテーマのある人♡
以前、マスターに教えてもらったことで、ずっとどうしてなんだろうなぁと思っていたことがあります。
「今世、教えるというカルマ(テーマ)を持っている人は、少しづつ悟ります。」
この時代は、街を歩いていて急に悟る(笑)人も出てくるときです。
と聞いたことがあって、
そのこと自体にはあんまり疑問を持たなかったのですが、
(基本的に素直に、ほ〜そうか〜と聞くだけ聞くタイプ。笑)
その時に、ただ、教えるというテーマを持っている人は、少しづつ少しづつ悟っていきます。
という風なことも教えてもらいました。
それが、
「なんでなんだろうなぁ?」
「一気に悟ってしまえば、分かるから教えるの楽じゃないのかな?」
という疑問を持っていました。
最近になって、この理由が、わたしなりに分かってきた気がします。
(ちなみに悟りというのは、わたしにとっては、ものすごく深いところで、あぁそうだった!と思い出す。分かる。という感じに捉えています。)
そして、話を戻しますと・・・
「どうして、少しづつなのか。」
結論としては、
忘れてしまうからです♡笑笑笑
これは勿論わたしがふとそう思ったことですが、
徐々に徐々に分かっていっている時ですら、
昔の自分がどう感じて、どう捉えて、どう苦しかったか、
の詳細を忘れてしまうのです。
(思い出すのに、あまりにも労力がかかると言い換えてもいいかもしれません。)
なので多分 一気にいくと、人間的なこと、人間的な感覚、歩んでいった詳細の体験感覚、
をパッと例題を出して伝えられるほど、覚えていられないのだと思いました。
例えるなら、
今自分が小学校6年生だとして、2年生の時にしていた遊びを、周りの子に教えてあげるのはある程度簡単でも、
それが社会人になって、この遊び方を小学生に伝えるのは大変。(忘れていることの方が多いし、時代も変わってくるし。)
みたいな感覚です。
なんかこの先輩後輩伝言ゲーム 笑 は、
大学生が高校生に、高校生が中学生に、中学生が小学生に・・・
みたいになっている気がします。
だから、大学生が発信したとき、小学生には受け取りにくい。
中学生が発信したとき、小学生は理解しやすい。
これは例えですが、そんな構造もあるのかもなと思いました。
だから、発信する人からみて、伝わらない人がいることも、
受信する人からみて、全く意味が分からない情報があることも、
とってもとっても自然なこと♡
そんな風に思いました♡
今日もありがとうございます♡
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